対立解消に向けて


色々なご意見を本ブログにいただいたり、他の方のブログへの投稿内容、コメント等を色々読んでみました。当初懸念していたような「根本的なところがずれている」意見はほとんど無いというのが率直な感想です。中には非常に残念なそして許容できないような内容のものもありましたが、本当にごく一部です。で、一番の論点になるのはやはり「どこまで規制すべきか?」ってことみたいですね。当たり前と言えば当たり前ですが、こうして意見を色々聞いたり読んだりした上で争点をもう一回整理したかったので、私的にはとてもすっきりしています。

普通ならここで細かいことへの賛否等を書くのでしょうが、それは他の有識者の方々にお任せし、もう一回争点を私なりの解釈でまとめてみたいと思います。こういう議論というのは今回の法案に関わらず、いつでもどんなことにでも起こりうる対立といいますか議論だと思いますので、争点を明確にした上でもう一度意見を聞かせてもらったり読んだりしたいと考える次第です。私結構しつこいんですwww

本ブログにお寄せ頂いたコメントの中に「お年寄りが『年寄りには席を譲れ!』と命令している姿を見かけました」という話がありました。多分こういうことなんだろうと思いながらも、個人的にはこの話だと例え話に不適切な感じがするので、私なりに例え話を考えてみました。暇な人は少しお付き合いください。

  • あなたは、急用のため車で目的地に向かっています。とても急いでいます。
  • 制限速度40kmの道で、目の前に20kmでトラックが走っています。荷物がたくさん積んであります。

という状況を想像してみてください。イライラしますよね。私も仙人じゃないんでやっぱりイライラします。でも、トラック側の考えをちょっと想像すると、「万が一事故を起こしたら大変なことになる。もしかしたら道を歩いてる人が巻き添えになるかもしれないし。」って思えますよね。私はこうやってイライラを押さえます。相手の事情を想像するんです。

でも、車を運転している側にも事情があります。病人を乗せているかもしれません。そういう場合にはさすがに相手を思いやる余裕は無くなります。困りましたね。こういう時に私はTOC(Theory Of Constraints)思考プロセスの対立解消図(雲)を書くようにしています。こんな感じですね。

200907290059.jpg

目的としては、「皆が快適に走行すること」で、そのためにはトラックの運転手は安全を守らなければならず、安全を守るためにはゆっくり走行しなければならない。車の運転手は病人を早く病院に連れて行かなければならず、そのためには急いで走行しなければならない。見事なConflictですね。

じゃあ、この対立をどうやって解決するかというと、全部の矢印についてじっくり吟味するんです。ただそれだけ。「本当に」その矢印が正しいのか、絶対なのかを考えるんです。ちょっとやってみます。

  • 「本当に」皆が快適に通行するためには、トラックは安全に走行しなければならない。
    • これはOKですよね?安全第一です。
  • 「本当に」トラックが安全に走行するためにはゆっくり走行しなければならない。
    • うん。これもOKな感じがしますね。ゆっくり走らないと安全は確保できないと思います。
  • 「本当に」皆が快適に通行するためには、病人を急いで病院に運ばなければならない。
    • これはOKですね。
  • 「本当に」病人を急いで病人に運ぶためには、急いで走行しなければならない。
    • これが怪しいですかね?事情があるので断言はできませんが、そのために救急車がありますからね。

この結論については異論もあると思いますが、そこが本題じゃないので先に進みます。この私の仮説が仮に正しいのだとすると、「救急車」というものがInjection(注入)されることによって対立が解消したことになります。こうやって対立構造を明確にし、整理することによって初めてその解決方法が見えてくるというのが私の考えです。整理しないで議論すると、Conflictしている箇所だけに目が行きがちで、その前提となる条件にConflict解消の鍵が隠されていることに気がつかない、ということはよくあることです。

今までの議論で対立点はもう明確になっている訳ですから、そろそろ問題を整理して対立解消へ向けて進みたいですよね。何が「救急車」となり得るのか、それをじっくり考えてみたいと思います。ここまで書いて申し訳ないのですが、私にはまだ何が「救急車」になり得るのかは見えていません。このブログとか他のところに書き込まれた意見も踏まえてじっくり考えたいと思います。

もし、このエントリを読んで少しでも共感してもらえたなら、是非試してみてください。そしてその答えとか、課程とかをコメントしてもらえるとありがたいです。私も考えがまとまったら改めてエントリをあげさせてもらいます。

政治家の方々もこういう風に理論立てて考えてくれるとありがたいんだけどな〜。政治家に必要な能力って実はリーダー的な資質よりもファシリテーター的な資質だったりするんじゃないかと最近特に感じますね。

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2件のコメント »

  1. オーシャン said

    すばらしく論理的だと思いました。
    私も何が「救急車」になり得るのか答えが出せず悶々としています。

    >政治家の方々にも・・
    私も政治家の方にもっと論理的に考えて調整をしてもらいたいものだと思っていますが、反面、そうでなくてもいいような気もしてます。
    「政治」を行う「政治家」なら対立する双方の意見を調整すべきなのでしょうけど、「代議士」としての立場から考えると、自分を選んでくれた(もしくは選んでくれそうな)人々の代表なのだから、その人々の意見を通す事をすべきと考えても正しいような気もしてきました。
    そうなると意見と意見がぶつかり合うだけで、調整があまりなされず「多数決」と言う名の「勝ち負け」議論になってしまいます。
    政治家は裁判での裁判官の位置に立つべきで、検察でも弁護団でもないべきだと思うのですが、現状の代議員制ではどうしてもそうはならないですね。 どっちかの「代表」なのですから・・・。

    • Matsuzaki said

      そうですね。そういう意味でも、選挙も近いのでじっくり考え、議論した方がいいですよね。

      私自身、自分の意見は結構極端なものだと思ってはいます。完全アウトでいいと思っている訳ですから。そういう人に対して、完全自由がいいという人もいる訳で。なので、国民としては自分の意見はどんどん出すべきだと思いますし、政治家はそれらの意見をまとめた上でどこでバランスをとるかが重要な仕事になるんだと思います。自分の意見は置いておいて、国民の意見をまとめることができる、そんな能力を「ファシリテーター的」と称してみた次第です。

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