インターネット世界の善悪

壮大なタイトルを付けてしまいましたが、そんなに大それたことを書くつもりはありません。というか書けません(笑)。 ここのところ、児童ポルノ法改正(というよりは性犯罪全般)について思うところを書いてきました。その中で、いやその前から疑問に感じていたことをちょっと整理してみたいと思います。と言っても私の専門は法律ではありませんので、IT屋の視点で書いてみたいと思います。という訳でこんなタイトルを付けてみました。

【ネット社会の弊害】

いきなりデメリットからの整理です。これがデメリット?と思うこともあるでしょうが、最後まで読んでいただければ、私の意図していることは分かっていただけると思いますので、できれば最後までお付き合いください。

1.物の入手の容易さ

インターネットが広まる以前、私達は何かを買おうとする時には店に出向き、店主と顔を合わせなければ欲しいものを入手することはできませんでした。そこには間違いなく「社会全体でのチェック機能」が存在していたのです。法律やルールではなく、個々人のモラルや、毎日のように顔を合わすことで培われた信頼関係からなるチェック機能が。インターネットが市民権を得、子供でも普通に利用する時代になり、誰とも顔を合わせることなく欲しいものを入手できるようになってしまいました。「本来その人が入手すべきでないもの」を手に入れてしまうことを殆ど誰も止められなくなってしまったのです。

2.匿名性

ネットの悪い点としてよく語られることですが、匿名であるが故に暴言を吐き、相手を傷つけることを平気で書くという行為はあちらこちらで見受けられます。自分が匿名であるということはもちろん、相手も匿名であるが故に「顔が見えない」=「相手の受けた感情(ダメージ)を推し量ることができない」ということとも無関係ではないでしょう。

3.集合愚

集団であることで、暴力性を増し、歯止めが効かなくなる。これはリアルの世界でも起きることです。これがネット上になるとよりたちが悪くなります。それは2.の匿名性が加わることで、「これ以上やったらまずい」という一線を越えやすくなってしまうからだと思います。また、リアル社会では集合愚を発揮するような人数が集まる、というのはそれ程簡単なことではありません。でもネットの中では、一瞬にして膨大な数の人が集まることができてしまうのです。場所・時間を問わずに。

4.既存文化、芸能の弱体化

1.から3.とはちょっと毛色が違いますが、これも大きな問題です。実際に見聞きしないとその良さが伝わらないものというのはたくさんあるはずです。また、不正なコピー等で正当な対価を払うことなく文化的、芸術的価値のあるものを入手してしまうことで、オリジナルの作者が本来得られるべき報酬が得られなくなってしまい、活動が困難になってしまっている人も多々見受けられます。

【ネット社会の利点】

次にメリットです。

1.物の入手の容易さ

ネットがない頃、政治、法律、医療 そういった専門分野の知識を得るためには相当な労力、対価を払わなければなりませんでした。図書館に行き、本屋に行き、それでも見つからなければ本屋で取り寄せをしてもらい、そこから何日も待たされる、というのは当たり前でした。それが今では、検索すれば一瞬でほぼ全ての情報を入手でき、専門書の注文も家から簡単にできてしまいます。こういったことにより、今までは一般市民では知りようのなかった情報を入手することができ、その情報をもって改善を訴えたりといった活動へも繋がっているのだと思います。

2,匿名性

悪い点ばかりが注目を集めますが、必ずしもそうではないと思います。ネットのない頃は、例えば自分の考えを主張しようと思えば、街頭に立ったり、どこかに手紙を送ったりといった方法しかありませんでした。でも主張したい内容によっては顔を出すこと、住所を知られることをためらわれるようなこともあるはずです。そのために主張を諦めてしまっていた人は多いのではないでしょうか。ネットでは自分の意見を誰でも発信することができます。顔を見られずに。

3.集合知

自分一人では解決できないことがある、誰かの意見を聞いてみたい、そもそもどこに聞けばいいのかすら分からないことがある、そういったことを解決する力がネットにはあります。世界中の人からすぐに聞くことができるのです。ネットなしでは考えられないことでした。Wikipediaのようなものがあること、これはとでも素晴らしいことだと思います。人の知恵、経験、そういったものが詰まっているのですから。一人では一生かけても得られないようなものが。

4.新しい文化、芸能の拡大

インターネットによって、誰でも自分の作品(写真、動画、音楽 なんでもです)を世に出すことができるようになりました。そこから新たな文化、芸術が生まれはじめています。見る側にとっても、自分のお気に入りの人を見付ける楽しみだったり、将来大物になりそうな人を探したりといったことがほとんどお金をかけることなくできるようになったのです。

メリット・デメリットに分けて書いてみましたが、私はどちらも切り離せないものだと考えているのです。正に表裏一体です。悪い点ばかり誇張すること、良い点ばかり吹聴すること、どちらも正しくないような気がします。デメリットを理解した上で、メリットをいかに活かすか。こういう考え方っていうのは別にネットに特化したものではないはずです。普通に生活していれば、仕事をしていれば、色んなところで善悪両面を持つものに出会っているはずです。でもそんなに大きな問題にはなっていない。それは自然とメリット・デメリットを自分で判断しているからではないでしょうか。ネットだからといって特別な考えが本当に必要ではないはずです。

「ネットは怖いもの」間違ってはいないと思います。「ネットは便利なもの」これも当然間違っていません。私はいわゆるITの職に就いていますので、ネットへのアレルギーみたいなものはあまりありませんが、でもコンピューターを殆ど触ったことがない人と同じぐらいに「怖い」のです。自分が傷つけられること、知らないうちに他人を傷つけてしまうこと、やっぱり怖いです。だからといってネットには捨ててしまうにはもったいない利点がたくさんあることも知っています。怖がることは恥ずかしいことじゃないと思います。怖さを忘れて、人を傷付けることに鈍感になってしまうことが恥ずかしいことなのだと思います。上手に付き合っていくためには、良い面だけでなく悪い面も知っておかないといけません。そのための教育等はやはり必要なのかも知れませんが、「ネットだから」ということではなく、「人として」の部分をもっと教えるような教育が。

我々のような仕事に携わっている人間は、皆がより良い環境でネットを使えるようになるための何かしらのお手伝いができる立場にあること、逆に悪い面ばかりを引き立たせてしまう可能性のあること、肝に銘じておかなければいけないのだと思います。

TB:http://manysided.blog85.fc2.com/tb.php/31-49d86fd0

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日本ユニセフとかなんとか

全く別内容のエントリを書きかけてたのですが、児ポ法改正に反対している人の根拠として日本ユニセフとかアグネス・チャンさんの存在をあげている方が多数いるようで、あまりに頭わりぃと思い(言葉悪くてすみません)、ちょっと書くことにしました。

法改正に反対する理由として、日本ユニセフと国連フニセフの関係とかアグネス・チャンさんの活動とかをあげてる人、結構いますよね?関係ないじゃん
ちょっと調べただけで事実と大分異なることを言ってる人もいるんだけど、この際ことの真偽はどうでもよくて、仮にアグネスさんが私腹を肥やしていたとして、それが反対の根拠になる意味が全然わからない。
例えば厚労省関連団体の天下り役人が私腹を肥やしているからって「あいつに甘い汁を吸わせたくないから社会保険とか国保を廃止しろ」っていう人いませんよね?それはそれで追求しなきゃいけないことなのかも知れないけど、それと法案の話は全然関係ない。

意見の対立とかはあるだろうし、正直言って理解できない意見も多いけど、なんとなくノリで反対してるヤツらよりはるかにまし。真剣に考える気がない、全く調べもせずに周りが反対してるからなんとなく反対してる、祭り気分でただ騒いでる、そういう奴らはとりあえず黙っとけ。

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私の意見を明確にしておきます

児ポ法改正に関して、私の考え(以前のようにアプローチの仕方等ではなく、改正そのものに対しての意見です)を述べておこうと思います。今までは、内容よりもその進め方やスポットの当て方についてこのブログや別の場所で述べてきました。そこがまず私の言いたいことだった訳ですが、内容についてどう考えているのかを今回は書いてみたいと思います。
「児ポ法」という枠からいきなりはみ出してしまいますが、インターネットへのわいせつ画像/動画(年齢問わず)のアップロード・ダウンロード(=電子ファイルでの所持ととらえてもらって構いません)を全面的に違法化してしまって良いのではないかと思っています。(どちらかと言えばわいせつ物公然陳列罪の改正になるのかな?)

理由としては、

  1. 児童に関わらず性被害全体の保護をもっと考えるべき。性的嗜好の1つである小児性愛についてのみ論じるからおかしな方向にいく。(何歳が児童か、とか。仮に13歳を児童としたら、14歳なら問題ないのか?甚だ疑問)
  2. 画像・動画をインターネット上に流すことでのセカンドレイプの被害は、表に出にくいため、実際には相当数の被害があるのではないかと考えられること。表に出にくいので想像だが、こうした被害はインターネットが市民権を得てから相当な増加をしているのでは?
  3. 主に男性の性的欲求を満たす目的であれば、インターネット上で手軽に入手できる必要性は特に感じられない(本屋やビデオ屋に行けばいい)
  4. 芸術的なヌードをどうするか、についてもインターネットに限ってしまえばそれ程大きな障壁にはならないと考えられる

何をもってわいせつ画像とみなすかについては、「家族アルバムで子供の裸が移ってたらどうするのか」みたいな反論が起きると思います。が、現実的に考えてください。家族連れの子供が裸になってたら公然わいせつで捕まりますか?ありえないですよね。
矛盾してるようですが、それでも冤罪は起きると思います。必ず起きると言ってもいいかもしれません。なぜなら殺人罪等の一級犯罪でも起きる訳ですから。警察・検察も完璧ではありません。だから、「冤罪をどう防ぐか」については、別枠で考える必要があるんじゃないでしょうか?冤罪を軽視は決してしていません。むしろ絶対になくさなくてはいけないものだと思います。でも、冤罪はどのような事件・法律でも起きているんです。重大だと思うからこそ、児ポ法に限定した議論ではなく、もっと幅広い議論が必要だと思います。

まずは、弊害の少ないインターネットへのアップロードを規制し、紙媒体については、もっと時間を掛けて範囲を明確にする必要があるのかもしれません。まずはできるところから。そして効果の大きいところから。というのが私の考えです。
※ちょっとしたアンケートを設置してみました。お時間のある方はぜひ。可能であればその理由をコメントしてもらえるとうれしいです。

こちらのエントリをまだ読んでない方はぜひ一読してみてください:
http://d.hatena.ne.jp/manysided/20090721/1248194453

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もう一度初めから考え直してみませんか?

他の方が書いた児童買春・児童ポルノ禁止法改正案に関するブログの内容、その内容に対するコメントを見ていてとても残念な方向に議論が行ってしまっているように思え、このエントリを書きました。(読みにくくなりそうなので、Blogのデザインも変更しました)
内容の是非や問題点等は色々な方が書かれていますし、現状の煮詰まり具合からすると、「皆がこぞって書き立てるぐらい法案には問題がある」という程度に止めておいて、別の視点で書いてみたいと思います。

初めに書いておきますが、老若男女関わらず、まともな神経の持ち主は児童の保護、さらにはもっと枠を拡げて「性的暴力等により基本的人権を損害されている人並びに損害される恐れのある人全員」をさまざまな形の「暴力」から守らなければいけない、ということに同意しているはずという前提で書いています。これに同意できない人はこの後の文書は読まないでください。多分そういう方とはどんなに話をしても意味がないと思いますので。

まず、なぜ私があえて枠を拡げて記載をするのかですが、こういった問題の根本に一度立ち返るべきじゃないかと考えるからです。被害者になりやすい(対抗すべき体力、知力が大人に比べて劣っている場合が多い)という意味では児童にスポットを当てることは決して間違っているとは思わないのですが、被害者の数でいえば児童とは呼べない年齢の方の方が圧倒的に多いということも考えると、児童を保護できればそれで良いといった類の話ではなく、もっと大きな枠で考え直さないといけないのではないかと思います。

ここからが本題です。話を進めやすくするために、私が書いたコメントをそのまま転記します。

私は全面的にポルノ禁止でも全然構わないですよ。(言っておきますが私はいい大人のいたってノーマルな人間なので、人並みに性欲はありますよ)
でもそれが良い落としどころだとは思いませんし、それが犯罪の減少という目的から見ても逆効果の可能性があることは分かっています。こういう私の意見に対して、ポルノ大賛成の人もいれば犯罪の抑止力になるから完全廃止っていう人もいるのでしょう。
だからこそ議論が必要。その点は大賛成。ただ、今回の件での論点が「どのように保護するか」から「どうやったら冤罪が免れるのか」に移ってしまったように感じることに違和感を感じる訳です。
極論すると(「極論」なので変な噛み付き方しないでね)「自分が(男達が)冤罪の危険にさらされるぐらいなら児童が被害にあっても構わない」と言ってるように聞こえる訳ですよ。どちらがより危険で、実際に被害件数が多いかを考えて、まずは最低限の保護をしましょうっていう落としどころは本当になかったのかな?っていう疑問を感じる、という話です。
「目的」と「目的を達成するための手段および目的達成のための弊害」をごっちゃにしちゃいかんでしょう。「目的」は見失わないように議論しましょうよ。

私がどうしても納得がいかないのは正にこの部分なのですが、つまりは冤罪を初めとする法案の「副作用」的な部分にスポットライトが当たってしまい、本来すべき議論がおろそかになっている印象を受けるのです。冤罪がどうでもいい問題だとは思ってはいません。でも、性的被害を受けるということは基本的な人権が踏みにじられているんですよ?人が人らしく生きる権利を奪う行為は殺人にも匹敵するぐらいのことだと皆が真剣に考えなくてはいけないことなんじゃないでしょうか?
「そんなことは分かってるけど、そのために自分が冤罪の被害にあってもいいのか?」っていう意見、多いですよね。よくはないですよ。でもそういう人達に同じように聞きたいです。「冤罪を防ぐためなら、あなたの娘、妻、恋人が性的犯罪にあってもいいのですか?」と。私が言いたいことは冤罪は許容しろってことじゃないですよ。
1.まずは「目的」を明確にし
2.その「手段」を皆で議論し
3.「弊害」をいかにしてなくすかをさらに議論する
がしかるべき手順だと思うのですが、いかがでしょうか?いきなり3.について語り出す方、多くないですか?もっと「目的」について議論されるべきだとは思いませんか?
「目的」「手段」について議論し尽くされた後で、「弊害」について語られることは誰も問題視しないと思います。あるべき議論だと思う人がほとんどだと思います。もう一度初めから考え直してみませんか?

最後に、これはネットの特性なのか日本人の特性なのかはわかりませんが、反対意見(ならまだましなのですが)や批判、下手をするとただの悪口みたいなものばかりが書き込まれ、賛成意見だったり、語弊があるかもしれませんが「面白みのない意見」「偽善だと言われそうな意見」ってあんまり書き込まれないですよね?私もあまり書き込みだったり、こういう「偽善だ」って言われそうな意見は発してきませんでした。でも、それによって、一部の心ない意見が男性意見の代表みたいに思われたりするのって嫌ですし、女性にとっても一部の男性の意見しか聞けないっていいことではないと思うようになりました。
「偽善」と思われてもいいじゃないか、と私が思うきっかけを与えてくれたブログの多面体さん、女性にとってデリケートな問題であるにも関わらず、私の質問に真摯に答えてくれた方々にこの場を借りてお礼を申し上げます。

※どんな意見でも拝聴するつもりではおりますが、テーマがテーマなため、読んだ方が不快感を覚えるような内容や、特定の個人を攻撃するような内容(対私は除きます)のコメントについては削除させていただく可能性がありますこと、ご了承ください。

参考:http://d.hatena.ne.jp/manysided/20090719

※07/20 追記 コメント欄から名前とメールアドレスの必須指定を外しました。ちゃんとした意見であれば、可能な限り全てのコメントに返信したいと思っています。節度を守った投稿をお願い致します。

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myspaceCD

マイスペースとポニーキャニオンは7月13日、業務提携し、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)「MySpace」にてCD音源の販売サービス「myspaceCD」の提供を開始した。

はい。ここまではいいでしょう。ありきたりですが、やりたいことはまあ分かる。問題は、

公開できる楽曲は、音楽著作権管理事業者に登録していない楽曲のみ。

これ。
なぜ管理事業者に「登録していない」楽曲に限る?myspace上で自由に販売したいだけならインタラクティブ配信(録音もさせるから録音権もか)を自己管理にするとかやり方はいくらでもあるのに。ここで販売したいっていうアーティストにちゃんとそのリスクは説明しているのだろうか?販売手数料と基本使用料(なんじゃそりゃ)で75%も取られた上に二次使用、三次使用も全て放棄させらる、というリスクを。
アーティストにとってはすごく高いモチベーションで作る作品のはずで、とても力の入った作品になるはず。その作品が好き勝手に蹂躙される可能性があるっていうことは説明しないといけないよね。
こんな羊の皮をかぶった狼みたいなサービスを善人面で提供できるやつの神経を疑うね。

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Twitterでのマーケティング

MicrosoftがCRMソフトにTwitterとの連携機能を実装するそうです。
http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20396530,00.htm
そうですね。誰もが考えることですし、企業でTwitterを活用しようと思えば、そういう方向が一番正しい使い方だと思います。
ただ、実際にマーケティングの材料として使えるようになるには少し時間が掛かるんじゃないかと思います。うちの社でも自社サービスの情報をTwitterで流し、意見交換の場にしたいと思って告知を行ったのですが、今のところフォロー数は「0」です。(^^;) これは極端な例だとしても、WEB上のサービスと日常の業務をリンクさせられない(しちゃいけないと思わされてる?)ケースってまだまだ多いように思われます。「自社に関わるいかなる情報もネットには流せない」みたいな。
これをもってリテラシーが云々とは言わないですが、知らないから怖い、だから使わないというのはもったいないと思うので、まずは個人の趣味とかでもいいから始めてみて、そういう個人の意識の高まりが企業に反映されるようになってくると良いですよね。個人の発言権が強まっていくことは良い面だけではないでしょうが、個人の力なくして集団は成り立たないもの。Twitterを始めとした、コミュニケーションツールを使わないとやっていけない時代に備えておく必要性を以前よりも強く感じるようになりました。

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着メロを鳴らすと著作権料が必要?

アメリカの話ではありますが、こんな議論があるようです。

米作曲家・作家・出版社協会(ASCAP)は先に連邦裁判所に対し、公の場で着メロを鳴らす行為は興行に当たるとし、携帯電話利用者は着メロを鳴らすたび に著作権法に違反していると申し立てた。モバイルサービス事業者は着メロの販売権を得るために著作権者にロイヤルティーを払っているが、ASCAPは、着 メロの「演奏権」に関してさらにロイヤルティーを払うよう求めている。支払わなければ、携帯電話利用者による著作権侵害に荷担することになるとASCAP は話している。

現状、着メロや着うた等の音楽配信については、「送信可能化権」「送信権」の2種類の権利に基づいて課金されています。これにさらに公衆の面前で鳴らした場合には「演奏権」も徴収すべきではないか、という話です。
これに対して、米市民権団体の電子フロンティア財団(EFF)は

おかしな主張だ。着メロを購入している数百万人の人が、レストランで携帯電話をマナーモードにするのを忘れたら法律を破ったことになるのだろうか。ASCAPの主張する通りなら、窓を開けてカーラジオを流すのも著作権侵害になる

と批判しています。
この批判はもっともですね。例えばカーステレオを大音量で流すとか、iPodで音漏れしている場合なんかにも演奏権が適用されてしまうという無茶苦茶な話になってしまいます。今のところJASRACを始め日本の権利者団体等は特にコメントはしていないようですが(私が見つけられていないだけかも知れませんが)、さすがにこれに倣って「課金します」とはならないんじゃないかと思います。(というよりそこまで馬鹿じゃないと信じたい)
以前のトピックでも書きましたが、権利を守ることは大事だと思います。でも必要以上に権利を主張することは、自分自身の首を締めることになるということに気付かないといけないんじゃないでしょうか?
「作る人あってこその著作物」と同時に「聴く(観る)人あってこその著作物」でもあると思います。それを忘れちゃいけないですよね。

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